"量子って、面白い!" 「NQC体験型プログラム」 から飛び込む新たな世界~多彩なバックグラウンドを持つ4人が語る、知的好奇心の探求

前列左から御厨 拓さん、内川 浩典さん、水野 航太さん、立田 結希菜さん。後列はNQC運営メンバー

2024年度 「量子ICT人材育成プログラム」 振り返り座談会
"量子って、面白い!" 「NQC体験型プログラム」 から飛び込む新たな世界
~多彩なバックグラウンドを持つ4人が語る、知的好奇心の探求

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は、2020年度から「量子ICT人材育成プログラム(NQC)」を実施している。このプログラムは、量子計算や量子通信を代表とする「量子ICT」の分野において、まだ十分に人材が確保されていない現状を踏まえ、関連知識を持つ研究者やエンジニアの育成を目指している。

プログラムには主に2つのタイプがあり、一つは、量子技術に興味のある人々が基礎的な知識を広く学べる「体験型」、もう一つは、量子技術の調査、開発、研究に取り組みながら資金援助を受ける「探索型」だ。

本稿では2024年度の「体験型」に参加した4名と、NQC運営メンバーによる量子情報分野の魅力や将来展望について議論した座談会の様子を紹介する。企業研究者から学生まで、多様なバックグラウンドを持つ参加者たちが、量子技術への興味や研究内容、NQCプログラムでの経験や今後の期待などについて語った。(文・構成:カトウワタル)

<プロフィール>

横山 輝明
国立研究開発法人情報通信研究機構 量子ICT協創センター 主任研究員

内川 浩典

御厨 拓
横浜国立大学大学院 理工学府 数物・電子情報系理工学専攻

水野 航太
芝浦工業大学 工学部 量子情報工学研究室

立田 結希菜
お茶の水女子大学 大学院 人間文化創成科学研究科 理学専攻 情報科学コース

量子情報分野への興味のきっかけ

横山:皆さん本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介をお願いできればと思います。オンラインとハイブリッドでの開催になって、対面の機会も2、3回は設けたとはいえ、初めてお会いする方も多いと思うので。それから、自己紹介に加えて「なぜNQCに参加しようと思ったのか」や、「量子分野にどんな経緯で興味を持ったのか」についてもあわせてお話しいただけますか?では、内川くんからお願いします。

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内川:はじめまして、内川浩典と申します。半導体メモリを開発している企業に勤めていますが、今回のNQCプログラムへは会社からの派遣ではなく、個人の立場での参加となります。私は2003年に横浜国立大学を卒業後、企業の研究所に入所し、当初は無線通信の研究をしていました。入社3年目ぐらいから、フラッシュメモリ向けの誤り訂正符号の研究開発に関わるようになり、以来ずっと、フラッシュメモリ関連の研究開発を続けています。
また、研究所時代の同期に、当時から量子分野で非常に活躍しており、現在は理化学研究所にも所属している後藤隼人という研究者がいまして、彼から量子計算機の実現には「量子誤り訂正符号」が重要だという話を聞かせてもらったり、一緒に研究をしていたりした時期もありました。
その後、しばらく量子分野からは離れていたのですが、2019年にGoogleが量子超越性(Quantum Supremacy)に関する論文を発表したタイミングで、たまたま後藤と再会しました。そのとき「いま量子の世界ですごいことが起きているよ」という話を聞き、改めて量子分野に興味を持つようになりました。 もっとも、私の本業は古典分野の誤り訂正技術だったので、すぐに量子の勉強を始めることは難しかったのですが、昨年くらいから状況が大きく変わりました。それまで「NISQ(ノイズあり中規模量子計算機)」中心だった流れが、「誤り耐性を持った量子計算機」の実現に向けて本格的に動き出し、各社から関連論文が急激に増え始めたのです。 そんな中、後藤からも「そろそろ量子誤り訂正符号の研究を始めたほうがいい」という連絡をもらったこともあり、改めて量子分野に取り組もうと思っておりました。ちょうどそのとき、IBMの沼田さんからNQCを紹介するツイートが流れてきて、シラバスを拝見してとても面白そうと思い、今回のNQCプログラムに参加させていただきました。

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企業の研究部門に勤務する内川浩典さん

横山:ありがとうございます。では続いて御厨くん、お願いします。

御厨:横浜国立大学大学院 理工学府 数物・電子情報系専攻、修士課程2年生の御厨 拓です。研究内容としては、通信・非通信に限らず、さまざまな組合せ最適化問題を対象に、「量子技術を使ってより高速に解く方法」を探るというテーマに取り組んでいます。
量子に興味を持ったきっかけは、大学入学時に「何か最先端なことをやりたいな」と思ったことでした。ざっくり「通信」や「量子」、「AI」あたりに取り組めたら面白そうだなとは考えていたのですが、大学3年生の夏、研究室配属の時期にいろいろ見て回る中で、「通信と量子をハイブリッドで研究している研究室」があることを知りました。しかも、担当されている先生が30代前半の若い方だということもあって、強く興味を持ち進むことを決めました。 学部4年生のときは、「二次割り当て問題(何かを何かに最適に割り当てる問題)」に対して、量子計算を使って解く加速手法の研究を行っていました。その成果は修士1年生の10月頃にジャーナルに投稿し、現在結果待ちとなっています。
修士課程に進んでからは、ドイツの大学との共同研究にも取り組むなど、やや通信寄りのテーマに移行しました。通信分野で計算量が大きい問題を、量子技術を使って効率化する研究を行っていて、現在2本のカンファレンスに論文を投稿しています。そのうち1本は、つい最近採択されたという連絡を受けました。ひとまずは爪痕を残せたかな、と思っています。

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横浜国立大学大学院 理工学府 数物・電子情報系理工学専攻 修士課程2年生の御厨 拓さん

横山:ありがとうございます。では水野くんもお願いします。

水野:芝浦工業大学大学院 修士2年生の水野航太といいます。学科は工学部の情報工学科で、これまでずっとコンピュータサイエンスを中心に学んできました。量子について本格的に取り組み始めたのは、研究室への配属がちょっと遅かったため3年生の12月ぐらいになってしまったのですが、そこから勉強を始めました。 研究としては、学部生4年生の時に組合せ最適化のテーマに取り組みました。その中でも「基底状態」ではなく、そのひとつ上の励起状態を求める励起状態探索のアルゴリズムを研究していました。この研究は卒業論文にまとめた内容をブラッシュアップして、修士1年生の8月ごろにarXivに投稿しています。また、その内容をポスターにして、Quantum InnovationとINQAという国際学会で発表も行い、Quantum Innovationでは、ありがたいことに若手ポスター賞もいただくことができました。
また同じ研究内容で、QS研究会(量子ソフトウェア研究会)でもオーラル発表を行っています。一旦そこまで進めたあと、海外の論文誌に論文を投稿したのですが、つい最近レビュアーから「修正が必要」というコメントをもらったので、いま修正している最中です。
それと並行して、新しい変分アルゴリズムの研究もやっているところです。もともと情報工学科だったので、正直物理の授業はほとんどなくて、物理学に触れる機会も全然なかったのですが、3年生で研究室配属を考えるときに「新しいことをやってみたい」という気持ちがあって、そんなタイミングで2年目の若い先生が立ち上げた「量子情報工学研究室」ができたのを知って、「これは面白そうだな」と思って飛び込んでみた、という感じです。 その他、東北大学の大関先生が主催しているQC4U2という勉強会などにも参加してアプリを作って発表する、といった活動も行っていました。今は研究とアプリ開発をうまく組み合わせて、何か面白いことができたらいいな、と思っています。

横山:プログラミングも得意なんですか?

水野:はい。活動を通じて、自分はアプリ開発が結構好きだなって再認識することができました。2024年8月ごろには理化学研究所の主催で行われた日本科学未来館での小中学生向けイベントでも展示しました。さらに、同様の内容を現在行われている大阪・関西万博で、今年8月ごろに展示する予定です。よかったら、ぜひ見に来てください。

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芝浦工業大学 工学部 量子情報工学研究室 修士2年生の水野 航太さん

横山:ありがとうございます。それはいいですね。ぜひ見に行きたい。では、最後に立田さんお願いします。

立田:お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 理学専攻 情報科学コースに所属している立田結希菜と申します。今年から修士1年生になりました。学部生時代も同じ大学、同じ研究室に所属していて、ずっと情報系の分野を専門にしています。今回は量子については初心者のため、情報分野の出身ということで参加させていただきました。 研究室への配属が学部4年生の2月とかなり遅かったのですが、ネットワーク系、数理論理学、ヒューマンインターフェースなど、いろんな分野に惹かれつつものすごく悩んだ末に、最終的には「強そう」なところを選びました。研究室には、工藤先生というとてもすごい先生がいらっしゃいます。
学部生時代には、ゲート型量子コンピュータを使って、組合せ最適化問題、特にグラフ頂点彩色問題に取り組んでいました。修士に入ってからは少し方向性が変わり、イジングマシンという組み合わせ最適のソルバーを使って、もっとごちゃごちゃと色々な問題を解けるようにするような研究をしています。その結果、量子から少し離れてしまいました。「量子の研究」というよりかは「物理現象を応用する研究」や「組み合わせ最適化問題を解く」と言ったほうが正しいかもしれません。 量子コンピュータ自体が何かと話題になっていて、最新の技術として興味があったことももちろん一つの理由です。もう一つの理由として、私はゲームやアニメ、漫画などが好きなので、いわゆるSFチックな「量子コンピュータ」に憧れがありました。......実際の量子アルゴリズムとは関係ないのですが(笑)、つまり、「量子、かっこいい!」と思ったことがきっかけです。

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お茶の水女子大学 大学院 人間文化創成科学研究科 理学専攻 情報科学コース 修士1年生の立田結希菜さん

NQC「体験型」プログラムに参加した感想

横山:ありがとうございます(笑)。皆さんいろんなことがきっかけとなって参加されたのですね。実際に参加してみての感想などはいかがですか?

内川:私は本当に大満足でした。横山先生には感謝しかありません。もともと量子計算機に興味があって参加したのですが、このプログラムは量子計算機以外にも、量子暗号などの量子技術についても幅広く紹介していただけたので、とても良かったです。私は量子計算機以外の量子分野については詳しくなかったので、色々な話を聞けたのはすごく新鮮でした。 また、私は製造業に勤めていることもあり、以前から「実機を見てみたい」と思っていたんです。このプログラムでIBMの量子コンピュータを見学できるというのは、すごく魅力的に感じていました。実際には中までじっくり見ることはできなかったのですが、冷凍機の「チリンチリン」という音を聞けたのはとても嬉しかったです。(見学ルームで流れていたのは実際のコンプレッサーの音ではなく、録音された動作音だったらしいですが。)やっぱりあの場にいて、音を聞いて、雰囲気を感じられたことで、すごく気分が盛り上がりました。このプログラムに参加して、一番よかったのはその体験です。

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御厨:さっきのお話しにも出ていたんですけど、自分が興味のある分野以外のところも含め幅広い分野を扱われていましたが、自分の研究と重なる部分や、量子計算のところにはすごい興味を持つことができました。だから慶應大の山本先生の授業とかはすごい分かるし興味が沸きました。そこはまさに直球という感じでした。
その他のQKD (Quantum Key Distribution; 量子鍵配送) や、量子インターネットの話や、科学寄りの話も全然知らないことだったので、聞くことができて大変面白かったです。それから毎回、先生たちの資料がすごいガチじゃないですか(笑)。絶対授業内で終わらないといった量を毎回提供してくださったので、とてもありがたいと思っていました。

水野:学部生のときは、卒論を書くためにそれぞれ個別に勉強する感じで、たとえばアニーリングをやる人はアニーリングだけ独自に学ぶ、というふうに分野ごとの断片的な知識しか得られていませんでした。そこで修士1年生になったタイミングで「改めて量子情報について体系的に学び直したい」と思い、今回NQCプログラムに参加したのですが、特にアルゴリズム系に興味があって、山本先生の講義などは内容もわかりやすくてすごく面白かったです。さらに量子暗号など他の分野については全然知らなかったので、今回学べて本当に良かったなと思っています。
また僕は工学部出身なので特に社会実装に興味がありますので、インターンで以前から知っていたQunaSysの高椋さんのお話しを聞いて「社会実装の現場ってこういうふうに動いているんだ」ということが知ることができたのも収穫となりました。いろいろな面でとても有意義な参加であったと感じています。

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立田:私はもともとICTに興味があって、就職もおそらくICT分野、具体的にはネットワーク関係やインフラ、もしくはセキュリティの方面に進もうと思っています。趣味もかなりICT寄りなのですが、今回「量子」というもう一方の分野にも関わることができて、双方の重なる部分を学べるのが面白いなと思って参加しました。
参加してみたところ、講義の内容は1回目からかなり重くて、いまだに全部を消化できていないのが正直なところです。 でも、その分たくさんの「入り口」が用意されていたように感じています。まだ開けられていないドアがたくさんある、という感覚ですね。「こういう分野やテーマがあるんだよ」ということをたくさん紹介していただけけたので、それが将来の学習に繋がっていくと良いなと思っています。

NQCプログラムに期待したいこと

横山:皆さんポジティブな感想をいただきありがとうございます。今後もぜひ頑張ってますます充実したものにして行きたいと思いますが、皆さんからみてNQCプログラムで「もうちょっとこうしてくれたら嬉しい」とか期待することについて、意見を聞かせてもらってもいいですか?

御厨:期待していること、というほどではないかもしれないですが、以前、タイプトーク(NQCプログラム内で利用しているチャットシステム)で「こういうイベントがあります」といった情報が流れてくることがあって、すごくありがたいと思っていました。自分でもアンテナを張って量子関連の話題を拾おうとはしているんですけど、やはり数が多く全部拾いきるのは難しいので、そういう案内をいただけるとすごく助かります。

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内川:NQCプログラム参加経験者はこれまでに200人以上と伺っています。せっかくこの規模のコミュニティができたわけですから、このつながりが今後も続いていくことに期待しています。全員が量子分野の仕事に就くわけではないとは思いますが、それぞれがさまざまな分野に広がっていく中で、ここで出来たつながりを保っていけるというのは、とても良いことだと感じています。

水野:別の量子の勉強会ではグループワークがあり、今すぐ「こういうことをやればいい」というアイデアがあるわけではないんですけど、こうしたグループワークが頻繁にあっても良いかなと思いました。もちろん参加者の分野は幅広いですし、「何を作るか」を決めるのは難しいかと思いますが、いろいろなバックグラウンドの人が集まっているからこそ、グループワークを通じた交流が生まれるんじゃないかと思います。

横山:ありがとうございます。参考にさせていただきます。頑張ります。

次世代に伝えたい、量子情報分野の魅力とは?

横山:皆さんありがとうございます。皆さんいろいろな研究や関わり方をされていますが、量子分野って、何が一番面白いんでしょうね。先日、とある先生が、高校生や学部生が研究室を選ぶときに、量子の面白さがちゃんと「見える」ようになったらいいな、ふとお話しされていたんです。進路を選ぶタイミングで、量子分野の楽しさや魅力がきちんと伝わるようになるといいですよね。皆さんは、量子の面白さってどう思いますか?次世代の方々へのメッセージも含めてお願いします。

御厨:うーん、好奇心という意味では、「よく分からないけどすごそう」くらいがちょうどいいのかな、と思います。個人的には簡単に理解できることだとあまり面白いと感じない。話を聞いてもよく分からないからこそ、自分でのめり込んでやってみよう、って気持ちになるんですよね。うまく言えないんですけど、そういう意味では特化して取り組むには良い分野なのかなと思います。

立田:多分皆さんはしっかりと研究にうち込まれてきたと思うんですが、私の場合は結構ふわふわしてて、家でのんびりゲームしたりしてました.最終的には「わーっと」慌てて卒業研究に取り組んで、なんとか卒業できました.あまり私をお手本にしない方がいいとは思いますが(笑)。今の魅力ではなく理想の話ですけど、この分野のハードルが高くなりすぎないといいなと思います。ちょっと興味を持ってやってみようかなと思った人が入ってこられて、そこからさらに活躍するような人も出てきて、いろいろと発展していくのではないかと思います。より多くの人がもっと気軽に参加しやすい環境ができていったら嬉しいです。

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内川:量子って、古典を知っている人からすると、量子アルゴリズムの「重ね合わせを使う」という発想がすごく不思議なんですよね。最初にグローバーのアルゴリズムを学んだときも、「確かに答えが出る!こんな解き方があるんだ!!」って驚いた記憶があります。そういう発見というか、知的好奇心をくすぐられる感じ、「すごい、面白いな!」って思えるところが量子の魅力だと思います。 高校生向けに伝えるなら、どう言ったらいいんでしょうね。うーん、Classic(古典)よりもQuantum(量子)の方が響きがかっこいいので,シンプルに「Quantumって,かっこいいだろ」みたいな。

水野:僕も同じような感じですね。結局、量子って「10年後、20年後に実用化される」みたいなことがよく言われていると思うんですけど、そういう意味では、まだ分野そのものを作っていく段階なんですよね。フロンティアというか、未知のことに挑戦したい、っていう気持ちがすごく大きいです。本当に好奇心に突き動かされるところがあるなと思います。

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横山:「わからないことに挑戦してみたい人は大歓迎」というメッセージ、ぜひ伝えていきたいと思います。 今回のインタビューを通じて、量子情報分野の魅力と将来性を改めて感じることができました。NQCプログラムの参加者の方々は、それぞれ量子技術の幅広さや未知の可能性を感じ、好奇心と探究心を原動力に研究に取り組んでいると思いますが、本日皆さんからお話しを伺って、この人材育成プログラムが、量子分野への入口となり次世代の研究者や技術者を育てる役割を担うことにつながるという手応えも感じることができました。
今日は皆さん、本当にありがとうございました。こうやって声かけをしてみなさんに来てもらえたことを心から感謝しています。今後とも、みなさんの力をお借りしますし、みなさんからもぜひNQCを頼ってください!よろしくお願いします!

最後に、2025年度もNQC体験型を開催します。ご興味をお持ちの方のご応募をお待ちしております。